ハリー・ポッターシリーズの中で、最も多面的な人物のひとりがドラコ・マルフォイです。彼はしばしば「嫌なやつ」「ハリーのライバル」として描かれますが、その奥に潜む脆さや葛藤は、読者の共感を集めてきました。そして、その成長や心の揺らぎを考えるうえで欠かせないのが、ホグワーツの校長アルバス・ダンブルドアとの関係です。表面上は敵対関係に見えながらも、実はドラコにとってダンブルドアは「救いの存在」でもあったのです。
1. ドラコに課せられた「不可能な使命」
シリーズ第6巻『ハリー・ポッターと謎のプリンス』で、ドラコはヴォルデモート卿から重大な使命を与えられます。
それは「ダンブルドアを暗殺せよ」という任務です。
当時のドラコは16歳。まだ大人にもなりきれない少年に、世界で最も偉大な魔法使いの命を奪えという課題は、あまりにも酷なものでした。ヴォルデモートの命令を拒否すれば家族が危険にさらされる。けれども、任務を果たせば自分が「人殺し」になってしまう。この板挟みの中で、ドラコは次第に追い詰められていきます。
このとき彼が背負った心の重圧を、ダンブルドアはよく理解していました。実際に第6巻の終盤で、ダンブルドアは杖を向けるドラコに対して「君には人殺しの心はない」と語りかけています。この言葉には、ドラコの本質を見抜く優しさと、彼を救おうとする強い意志が込められていました。
2. ダンブルドアの「赦し」の眼差し
ダンブルドアの魅力のひとつは、敵対する立場の者にさえも「赦し」のまなざしを向けることです。スネイプに対してもそうであったように、ダンブルドアはドラコに対しても「まだ選び直せる」という希望を与えようとしました。
塔の上で杖を構えるドラコに対して、ダンブルドアは戦うことを選びませんでした。むしろ穏やかに言葉をかけ、彼の恐怖や葛藤を受け止めようとしたのです。
その結果、ドラコは最後まで呪文を唱えることができませんでした。これは、ダンブルドアの存在が「殺人者になる一線」を踏みとどまらせた証といえるでしょう。
3. 「闇に染まりきれなかった」マルフォイ
シリーズ最終巻『死の秘宝』でも、ドラコはヴォルデモート陣営にいるにもかかわらず、完全に闇に染まることはありませんでした。マルフォイ邸で捕らえられたハリーを「ハリーかどうか」曖昧に証言したり、必要以上に残酷な行為を避けたりと、彼の内にはまだ“光”が残っていたのです。
これはダンブルドアの影響なしには語れません。
塔の上での対話を通して、ドラコは「人は自分の選択で変われる」ということを強く意識させられました。直接的に救われたわけではなくとも、あのとき与えられた“赦し”の感覚は、彼を最終的に人間らしさへと引き戻す大きな支えになったはずです。
4. ダンブルドアとドラコの関係が示すテーマ
ダンブルドアとドラコの関係は、ハリーとダンブルドアの信頼関係とは全く違います。しかし、シリーズ全体を貫くテーマ――「選択こそが人をつくる」というメッセージを体現するものでもあります。
- ダンブルドアは、どんなに過ちや迷いを抱えていても、やり直す機会があると信じた。
- ドラコは、圧倒的な闇の中でも「自分は人殺しになりたくない」という本心を選んだ。
両者の関わりは、単なる対立ではなく「救いと選択の物語」だったのです。
まとめ
マルフォイとダンブルドアの関係は、物語の表層だけを追っていると見落としてしまいがちです。しかし掘り下げると、そこには「若者の弱さを理解し、未来を信じる大人」と「葛藤しながらも人間らしさを手放さなかった少年」という、人間的に深い物語が隠れています。
ドラコが“完全な悪役”ではなく、ファンから愛され続ける理由のひとつは、この「ダンブルドアに赦された少年」という側面にあるのかもしれません。